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2005年4月15日

●目を覚ました その2

彼等の2年先輩がその悪しき習慣に反旗を翻し土曜日開催に漕ぎ着けたのである。100年以上の歴史のある高校の同窓会である為既にご高齢になったOBも参加する。同窓会の平均年齢は50歳を越えると思われる。だから担当幹事は同窓会のメンバーからしてみれば若輩者である。老かいな旧制中学時代のOBを相手に既に若くはない50歳の幹事達が今後の同窓会を考えて現代風に同窓会を変えようとしたのはむしろ自然な成り行きであった。そんな訳で彼等も一昨年の先輩に見習い土曜日開催をなしとげ同窓会も盛大に開催し成功させる事が出来た。

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こうしてその時に一緒に幹事をやった連中と毎月飲み会を開催する迄に至ったのである。同じ高校時代を過ごした者同士が同窓会の為に1年以上もの時間を掛けて共に悩み共に酒を飲みそして大仕事を成し遂げ懇親も尚更深まり、かくして毎月の定例会が開催されるようになったのは、当然の事であった。彼にとってこれは一種の奇跡であった。それまではほとんど同期生との付き合いも無く、高校時代の事も忘れかけていた。と言うよりそんな時代は自分の創り上げた想像の世界ではなかったかと彼は考えていた。この時彼は故郷を離れて既に34年を迎えていた。

高校時代迄は実家で暮らしていたが、その後仙台神奈川東京と住まいは移り変わる。思えば彼は十年を越え一箇所に定住する事は無かったのである。親の転勤の関係で小学校入学前に家族で釜石に引っ越しをし、釜石小学校に入学後2年生の時は小川小学校に転入した。住まいは官舎と農家に借家とを繰り返し3回も引っ越しをした。小学校の名前からでも判るように近くには辺りをみどりの山々に囲まれた小川が流れており正に自然に恵まれた環境であった。その当時水泳と言うと川の中で泳ぐのが当たり前であり川に石を高く積み上げ川の水位を上げ泳いだものだ。

学校の水泳の時間はその小川を利用してごつごつとした石ころの上を歩きながらプールとして利用したものであった。学校の帰り道は野犬が多く充分注意が必要であった。しかしそれ以上に冬になると食料を求めて山から熊が現れるのである。遠くに見える農家の軒先に熊が現れた時にはこれにはさすがに彼も恐怖を覚えてからだがすくんだようだ。今にして思えば怖いながらも本当に自然の豊かな環境であった。彼はそんな釜石に今でも望郷を感じている。

2年間の生活もまた親の転勤で実家に戻ることになった。後日談では、実家に残した長男を不憫に思い、移動時期を繰り上げて盛岡に戻ったのである。そんな訳で職場の待遇も釜石赴任時代より若干下がったようであるが、そんな子供に対する親の思いを最近知ったのであった。盛岡に帰ってきてこの2年間で引越しは4回経験した事になる。せっかく仲良しになれた友達とは現在に至るまでそれっきり会った事が無い。かくして盛岡で仁王小学校に転入し3年生となった。それから高校を卒業するまでの10年間は実家から移動する事は無かった。

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