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2005年4月16日

●目が覚めた その5

其処まで考えた時彼は落ち着きを無くし無性に逃げ出したくなるのである。年老いた父母を残して。居心地の良かった世界が突然居心地の悪い世界へと変化する。気が付くと彼は新幹線の中で寛いでいる。やっと安心感に浸っている自分を見つける。頭の中では実家を去る時に彼が乗ったタクシーに向かって何時までも手を振っている腰の曲がった年老いた両親の姿を思い浮かべていた。彼は故郷と云うものには自分の居場所が無い事に気が付いていた。親兄弟が優しく彼を迎えてくれてもそこには安心できる居場所を見つける事が出来ないのである。

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コメント

安心というものは日常の中に見出すべきもので非日常の刹那的事象には存在しないと彼は考えていた。新幹線で東京に戻りいつもの生活をしている我が家に着くとホッとするのである。彼は実家へ帰ったのは、又実家で楽しく過ごした時間は自分が勝手に創り出した夢の世界だったと考え始めるのであった。貰ったお土産も全て夢を現実のように思わせる為に自分で用意をした小道具に過ぎないと思いながらそのお土産を手にしてしげしげと見つめるのであった。

このようにして楽しかった時間は全て自分の創造の世界と思う事によって、楽しかった時間が過ぎ又日常の生活に戻らなければならないという寂しさから解放されると思ったのは、彼にしてみれば成り行き上止むを得なかったと言えよう。寂しさを寂しさとして受け止めない事を彼は自分自身の「処世術」と考えていた。彼はそのような考えを2~3年前迄はしていたのである。しかし、同窓会の準備で同期生と会合を重ねる内にそれはどう考えても紛れの無い事実で彼の「処世術」を持ってしても認めざるを得ない現実だと気が付いたのである。

高校時代が夢だと思い込もうとしても飲み会で顔を合わせ昔の話に花が咲くと、自分には青春時代があり幼少時代もあり、ましてや実家も存在し盆正月には親兄弟と楽しく過ごした事実が、確かな感触として身体の奥底まで染み込んで来るのであった。彼は大事な事に気付く。何故楽しかった時間を夢と思うようになったのか、それは寂しさから逃れたいが為にその寂しさを意識する事が人一倍怖かったから故であると云う事に。人に何と言われても一切傷つかない振りをしておきながら実際には傷つくであろう自分を認める事が一番怖かったのである。

楽しい、辛い、嬉しい、哀しい等の感情を抑える事が大人の生き方だと考えいつの間にかそれが彼に馴染んでいたが、その考え方の不自然さに今彼は気が付いたのである。もはや一時の猶予も無い。今をおいて他にチャンスは無い。今日こそがラストチャンスである。彼は以前から用意をしていた白いビンから薬を取り出し一気に口へ含みそれをアクエリアスで胃の中へ押し込んだ。これで楽になれる。彼は母親に抱かれた赤子のような安心感を抱きながら、白いビンに目をやった。其処には大きな確かな文字で「未来」と書かれてあった。

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